ハンドボールチーム”ジークスター東京”に所属し、ハンドボール選手としてご活躍されている東江雄斗さん。
この記事では、東江雄斗さんの出身大学や高校などの学歴について調査してまとめていきます。
東江雄斗のwikiプロフィール
名前 | 東江雄斗(あがりえ・ゆうと) |
生年月日 | 1993年7月6日 |
出身地 | 沖縄県浦添市 |
身長 | 182cm |
体重 | 82kg |
血液型 | A型 |
利き腕 | 右 |
東江雄斗の学歴(高校・大学)
東江雄斗さんの学歴を調べてみたところ、以下の学校を卒業していることがわかりました。
- 出身大学は「早稲田大学」
- 出身高校は「興南高等学校」
- 出身中学は「浦添市立神森中学校」
学生時代のエピソードとあわせて見ていきましょう!
出身大学は「早稲田大学」
- 早稲田大学
- 〒169-8050 東京都新宿区戸塚町1丁目104
- 偏差値:62.5-70
明治の政治家であった大隈重信が設立した四年制大学です。
政治経済学部を看板学部としており、政界・財界で活躍する方を多く輩出しています。
慶応大学と共に、私学の雄と称され、私立大学の最高峰とされてます。
大学時代の輝かしい実績
東江雄斗さんは、大学時代にたくさんの実績あります。
【2012年】
第13回男子ジュニアアジア選手権日本代表U-21選出
【2013年】
関東学生ハンドボール・春季リーグ優秀新人賞受賞
秋季リーグ優秀選手選出
全日本学生ハンドボール選手権大会優秀選手賞受賞
【2014年】
関東学生ハンドボール・春季リーグ優秀選手選出
秋季リーグ優秀選手選出
第22回世界学生選手権日本代表U-24選出
【2015年】
第28回ユニバーシアード競技大会日本代表選出
全日本学生ハンドボール選手権優秀選手賞受賞
日本代表に選出
4年間でこんなにの実績があるのはかなりすごいですね。
大学4年生で司令塔のポジションに
東江雄斗さんは、大学4年生の時に日本代表に選出されました。
その際に任されたポジションは司令塔でした。
高校くらいまでは、とにかく点を取り、たまにアシストというスタイルだった東江雄斗さん。
しかし大学生になると自分の思うプレーをするには、
「自分も点を取りつつ周りも活かす事」
が必要となりました。
そんな中司令塔を任され、当時の監督に
「センターとはこうあるべきだ」という事を教わった
といいます。
自分が点を取るだけじゃなく、ゲーム全体を考えないといけないということを、具体的に考えるようになりました。あれはひとつのターニングポイントだったように思います。
引用:SPORTIST
と語っています。
早稲田大学に進学した意外な理由!
東江雄斗さんは進路について、
母や兄、そして恩師の先生の母校である日本体育大学か、
早稲田大学のどちらに進学するかとても悩み、
「大学リーグの日体大VS.早稲田大で勝利した大学に進学しよう!」
となったそうです。
よくわからない贅沢な決め方で、勝利した早稲田大学への進学を決めました(笑)
引用:週刊フェニックス
まさかの決め方でびっくりですが、それで早稲田に入れるなんてすごいですよね。
出身高校は「興南高等学校」
- 興南高等学校
- 〒902-0061 沖縄県那覇市古島1丁目7−1
- 偏差値:49-53
男女共学の私立の中高一貫校で、スポーツを中心とした課外活動が活発です。
特に野球部とハンドボール部が強豪として有名で、卒業生には多くのプロ選手がいます。
高校時代にも多くの実績を残した
東江雄斗さんは、高校時代にも実績を残しています。
【1年生】
夏のインターハイ出場・優勝
全国高等学校ハンドボール選抜大会有望選手選出
【2年生】
第4回男子ユースアジア選手権日本代表U-19選出
【3年生】
沖縄県高校総体7年連続優勝に貢献
インターハイベスト8で敗退するが優秀選手賞受賞
山口国体優勝
熱中症で実力を発揮できず悔しい思いをしたことも
東江雄斗さんは高校時代、
沖縄の夏の暑さに耐えきれず、毎年熱中症になっていた
と言います。
3年生のインターハイ1週間前にも熱中症で入院をしたそうです。
なんとか退院し試合に出たものの、
実力を発揮できずに藤代紫水高等学校(茨城県)に敗れ、悔しい思いをしました。
その悔しさをバネに、
山口国体に挑んで見事優勝し、悔しさを晴らす事ができた
ようです。
出身中学校は「浦添市立神森中学校」
- 浦添市立神森中学校
- 〒901-2121 沖縄県浦添市内間1丁目6−1
1972年に創立した男女共学の公立学校です。
2002年2月に、創立30周年を記念して赤瓦を使った校舎に建て替えられました。
JOCジュニアオリンピック大会で優勝
中学時代の東江雄斗選手は
ハンドボール経験者の両親から、基礎・技術・戦術を学んだ
そうです。
そして3年生の時、第17回JOCジュニアオリンピック大会に、
両親はチームスタッフとして、東江雄斗さんはキャプテンとして出場し、
親子で優勝を味わった
のだそうです。
さらに東江雄斗さんは、最優秀選手にも選ばれています。
出身小学校は「沢岻(たくし)小学校」
- 浦添市立沢岻小学校
- 〒901-2112 沖縄県浦添市沢岻998
学校教育目標は、「進んで学習する子、思いやりのある子、ねばり強くたくましい子」です。
ハンドボール家族
東江雄斗さんの家族は全員ハンドボール経験者です。
父親の東江正作さんは、元実業団のハンドボール選手で琉球コラソンの監督、
母親の東江功子さんは、日本体育大学出身の国体出場経験のある選手なのだとか。
そして、兄の東江太輝さんは、
父親が監督を務める琉球コラソンのキャプテンとして活躍しており、
兄弟対決も何度もしています。
両親がハンドボール選手だった為、ハンドボールの英才教育を受けた東江雄斗さんですが、
ハンドボール一筋というわけでもなく、
小学校1年生の頃は、スイミング、書道、学習塾にも通っていた
のだそうです。
ですが、
と語っています。
その頃から、ハンドボールで活躍する未来が想像できていたのかもしれませんね。
まとめ
東江雄斗さんの学歴と学生時代のエピソードを調査してみました。
浦添市立沢岻小学校から浦添市立神森中学校へ行き、興南高等学校へ入学しました。
卒業後は上京し早稲田大学へ進学し卒業しています。
東江雄斗さんの今後のご活躍も楽しみですね。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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ハンドボールの練習時間がなくなるので、2年生になってすぐやめた