大久保佳代子のwikiプロフィール

本名:大久保 佳代子(おおくぼ・かよこ)
生年月日:1971年5月12日
出身地:愛知県田原市
身長:158cm
血液型:O型
相方のオアシズ・光浦靖子さんとは、小学校から高校まで同じ学校に通っていた幼馴染です!
大久保佳代子の学歴(高校・大学)
大久保佳代子さんの学歴を調べてみたところ、以下の学校を卒業していることがわかりました。
- 出身大学は「千葉大学文学部」
- 出身高校は「愛知県立成章高等学校」
- 出身中学は「田原町立田原中学校」
- 出身小学校は「田原町立田原中部小学校」
学生時代のエピソードとあわせて見ていきましょう!
出身大学は「千葉大学文学部」

- 千葉大学文学部
- 〒263-8522 千葉県千葉市稲毛区弥生町1−33
- 偏差値:60
千葉大学は、1949年に設立された国立大学です。
大久保佳代子さんは、愛知県出身ですが、上京を希望し、学費の面から国公立大学を志望しました。
その結果、千葉大学文学部に進学されたとのことです。
作家・村上龍
政治家・野田佳彦(第95代内閣総理大臣)
光浦靖子とお笑いサークルに参加

大久保佳代子さんは、愛知県の同郷で小学校から高校まで同じ学校に通った光浦靖子さんと、大学進学後も交流を続けていました。
ある日、東京外国語大学に進学した光浦さんから
「大学を問わず参加できる他大学のお笑いサークルがあるから一緒に入ろう」
と誘われ、特に芸人志望ではなかった大久保さんも参加することに。
この出来事が、お笑いの世界に足を踏み入れるきっかけとなりました。
お笑いオーディションに合格し芸能界へ

大学4年生のとき、大久保さんと光浦さんはお笑いオーディションに挑戦しました。
結果、見事合格し、芸能事務所に所属することに。
自分の意思で行動するというよりも、人との縁や環境に身を任せるタイプ
だという大久保さんは、
このときも、
「気づいたら芸人への道を歩んでいたという感じですね」
と述べています。
卒論執筆とお笑い活動の両立に苦戦した

大学卒業間近、大久保さんはお笑いライブへの出演と卒業論文の執筆を両立させる日々を送っていました。
忙しい中での作業となり、担当の先生から「ダメ出し」を受けることもあったそうです。
それでも、先生のサポートのおかげで無事に卒業することができました。
出身高校は「愛知県立成章高等学校」

- 愛知県立成章高等学校
- 〒441-3421 愛知県田原市田原町池ノ原1
- 偏差値:57~58
愛知県立成章高等学校は、1811年に設立された「成章館」を前身とする、伝統ある公立高校です。
大久保佳代子さんが愛知県立成章高等学校の出身であることは、
同校の同窓会サイト「成章会」に掲載された情報から確認できます。
女優・竹下景子
政治家・鈴木克昌
根性と暗記力だけで受験勉強を乗り越えた

「私のいる場所はここじゃない。鳥かごに居てはだめだ。」
と思っていたという大久保佳代子さんは、
大学進学を機に上京するために、高校は”進学する生徒が多そうな学校”を選びました。
しかし、両親から出された大学受験の条件は「”国立大学”であること」でした…。
「特に頭がいいわけではないけれど、暗記は得意だった」という大久保さんは
塾や予備校に通わず、根性と暗記力だけで受験勉強を乗り越えたそうです。
一緒に支え合った友達の存在は、とても大きかった
と振り返っています。
高校3年間、男子と口をきかなかった

高校時代、大久保さんは男子生徒とほとんど会話を交わさなかったと語っています。
「モテるわけないし、男子とは口をきかなかった」
と述べており、男子生徒との接点が少なかったことが伺えます。
廊下で一人タンゴを踊った

高校時代、大久保さんは友人たちと「くだらないことばかりしていました」と振り返っています。
その中でも、「廊下で1人タンゴ」を踊っていたのだとか。
光浦さんがプロデューサー役、大久保さんが実行役として、
仲間内で笑いを共有していたそうです。
このような遊び心が、大久保さんのお笑いセンスの原点となったんですね。
出身中学校は「田原町立田原中学校」

- 田原町立田原中学校
- 〒441-3421 愛知県田原市田原町中小路1−1
愛知県田原市に位置する公立中学校です。
はんにゃ・金田哲(お笑い芸人)
バレーボール部での苦い思い出

大久保佳代子さんは中学時代、バレーボール部に所属していました。
しかし、運動神経があまり良くなかったため、レギュラーにはなれず補欠でした。
試合に出場できたのは数回程度だったとか…
当時は「水を飲むな」という厳しい指導が一般的で、
大久保さんも顔を洗うためのバケツの水をこっそり飲んでいたそうです。
この経験から「お腹を壊さない強靭な体質になった」と冗談交じりに語っています。
不良文化に憧れたが成りきれなかった

当時、『ビー・バップ・ハイスクール』が流行していて、大久保さんも影響を受けていたようです。
学校では男女問わず、作中のファッションを真似る生徒が多かったとか。
大久保さん自身も「制服のスカーフを小さく結ぶ」といった不良ファッションを試みたそうです。
しかし、自分がやるとイマイチだったり、スカーフを付け忘れたと勘違いされたりと、
お洒落扱いされることはなかったようです。
また、リアルな「ビー・バップ」さながらの出来事もあったとか。
隣の中学校との揉め事に巻き込まれ、喧嘩の場に連れて行かれたものの、状況が分からず相手を睨むだけだったそうです。
不良になりきれない大久保さんの姿が目に浮かびますね。
お笑いへの興味を深めていった

小学生の頃から好きだった「ビートたけしのオールナイトニッポン」を中学生になっても聴き続けていました。
番組を録音して、その内容を友達に披露してゲラゲラ笑うのが日課だったそうです。
この頃から、お笑いへの興味が深まっていったのかもしれません。
また、当時の大久保さんのニックネームは「カバ子」だったことを、後にバラエティー番組で明かしています。
自虐的なユーモアのセンスは、この頃から培われていたのかもしれませんね。
出身小学校は「田原町立田原中部小学校」

- 田原町立田原中部小学校
- 〒441-3421 愛知県田原市田原町殿町33
愛知県田原市に位置する公立小学校です。
はんにゃ・金田哲(お笑い芸人)
珠算の達人だった

大久保佳代子さんは小学生時代、そろばんを習っていました。
熱心に取り組んだ結果、二段の資格を取得するほどの腕前に!
地元で開催された珠算大会では準優勝という輝かしい成績を収めたそうです。
この経験が後の学業にも活きることに。
千葉大学合格の際も、そろばんで培った暗算力が大いに役立ったとか。
計算の速さと正確さは、芸人としての機転の良さにも繋がっているのかもしれません。
合唱部に所属していた

小学校時代、大久保さんは合唱部に所属していました。
歌うことが好きだったのでしょう。
この経験が、後のお笑い芸人としての声の出し方や表現力に影響を与えているかもしれません。
今でも歌うことが好きなのだそうですよ!
動物が大好きでムツゴロウに憧れた

小学生の頃の大久保さんは、動物が大好きだったそうです。
将来の夢は獣医か、ムツゴロウ王国のスタッフだったとか。
動物への愛情は今も変わらず、芸能活動の中でも時折垣間見えます。
愛犬の「パコ美」もたびたびテレビで紹介されていますね!
幼い頃からの優しさが、今のキャラクターにも影響しているのかもしれません。
光浦靖子との運命的な出会い

大久保さんと相方の光浦靖子さんの出会いは、小学3年から4年生の頃だったそうです。
クラスは違っていましたが、一緒に遊ぶ仲だったとか。
まさか将来、お笑いコンビを組むことになるとは、当時の二人は想像もしていなかったでしょう…!
初恋の苦い思い出

小学生時代、大久保さんには「まさひこ君」という好きな男の子がいたそうです。
授業中もずっと眺めていたら、「こっち見るなよ!」と砂消しゴムを投げられてしまったとか。
切ない話ですが、初々しい初恋の思い出です…。
衝撃的な体験から知識をつけた

小学校4〜5年生の頃、大久保さんは友達によって衝撃的な体験をすることになります。
”ませた”友達に「面白い本があるから見て」とドギツい内容の本を見せられ、
大人の世界を垣間見てしまったのだとか…。
そこから父親に嫌悪感を抱くようになってしまったそうですが、
知識がないと理解できないと感じて、自ら情報を集めるようになったそうです。
まとめ
大久保佳代子さんの学歴と学生時代のエピソードを調査してみました。
地元の教育環境で学び、活発に活動する中で、ユーモアと人懐っこい性格が育まれたことがわかりました!
大久保佳代子さんの今後のご活躍も楽しみですね。
最後までご覧いただきありがとうございました。