2020年ミス東大でグランプリに輝き、タレントとしても活躍している神谷明采さん。
この記事では、神谷明采さんの出身大学や高校などの学歴について調査してまとめていきます。
神谷明采のwikiプロフィール
名前 | 神谷明采(かみや・あさ) |
生年月日 | 2000年4月19日 |
出身地 | 埼玉県 |
身長 | 161cm |
血液型 | A型 |
趣味 | 踊ること、ピアノ |
神谷明采さんの家族構成は、祖母、父親、母親、姉、妹が2人の7人家族です。
美人4姉妹ですね。
神谷明采の学歴(高校・大学)
神谷明采さんの学歴を調べてみたところ、以下の学校を卒業していることがわかりました。
- 出身大学は「東京大学」
- 出身高校は「浦和明の星女子高等学校」
- 出身中学は「浦和明の星女子中学校」
学生時代のエピソードとあわせて見ていきましょう!
出身大学は「東京大学 経済学部」
- 東京大学
- 〒113-8654 東京都文京区本郷7丁目3-1
- 偏差値:経済学部:65.0~83.0
東京都内に3つのキャンパスを持ち10の学部があります。
東京大学では入学者全員が一旦、教養学部へ所属します。
2年間の教養学部前期課程を経て、各学部へと進学選択します。
神谷明采さんは、経済学部経済学科を選択していました。
- 高畑勲(映画監督)
- 倉本聰(脚本家)
- 菊川怜(タレント)
- 香川照之(俳優)
- 草野仁(アナウンサー)
一浪して東大に合格!
神谷明采さんは、センター試験で9割点数が取れたため東大の文科Ⅱ類に出願しました。
しかし二次試験で文章の読み間違えなどのミスがあり、
最低合格点数に5、6点足りずに不合格
となりました。
滑り止めで受けていた早慶にも合格できず、後期で受けた一橋大学も不合格。
現役受験はすべて不合格で終わりました。
神谷明采さんは当時のことを
と言っています。
それからは、東大を目指す浪人生が集まる「駿茶」こと駿台お茶の水校3号館に入り、毎日10時間勉強したそうです。
そして、1年間必死で勉強し、もう一度東大受験。
結果は、最低合格点数からプラス5点というギリギリの点数でしたが無事に東大に合格しました。
2024年3月には、4年過ごした東大を卒業したことを自身のSNSで報告しています。
また、4月からは
東京大学公共政策大学院
へ進むことも話されています。
これからも学業と芸能活動を両立されていくようですね。
ミス東大2020でグランプリ!
大学1年生のとき、神谷明采さんは「ミス東大コンテスト2020」でグランプリになりました。
また、翌年には日本一のミスキャンパスを決める
「MISS OF MISS CAMPUS QUEEN CONTEST 2021」
でもグランプリに輝いています。
神谷明采さんが「ミス東大コンテスト2020」に出場するきっかけとなったのは、
知り合いの方に推薦されたからだそうです。
神谷明采さんは
と言っていました。
この方の後押しがなければ、神谷明采さんはミス東大にはなっていなかったのかもしれませんね。
当時の映像がYouTubeにアップされています。
株式会社SASAの社長!
神谷明采さんは低糖質なスイーツを専門に取り扱う
「株式会社SASA」の代表取締役
をしています。
なんと神谷明采さんは東大生でありながら社長なんです。
なぜ神谷明采さんが低糖質スイーツを専門に取り扱う会社を作ろうと思ったのか・・・
実は、神谷明采さんの妹が一型糖尿病になったことがきっかけだそうです。
甘いものが大好きなのに我慢している妹の姿を見て、神谷明采さんは「低糖質スイーツを作ろう」と思い、起業します。
そして、神谷明采さんの22歳の誕生日である2022年4月19日、
数々の賞を受賞しているパティシエの向井聡美さんと共にスイーツブランド
<Cochon Charmant>
を立ち上げました。
株式会社SASAの名前は、糖尿病を発症した妹(四女)ササさんの名前から付けられたそうです。
出身高校は「浦和明の星女子高等学校」
- 浦和明の星女子高等学校
- 〒336-0926 埼玉県さいたま市緑区東浦和6丁目4-19
- 偏差値:中学からの入学のみのため偏差値なし
さいたま市にある私立の中高一貫校で、中学からの入学のみ受け付けています。
カトリック・ミッション・スクール(キリスト教主義学校)です。
有名国公立や難関大学に多数の合格者を出しています。
- 栗原由佳(アナウンサー)
- 小島奈津子(アナウンサー)
東大って意外と普通!
高校1年生の秋に、友達と一緒に東大の学園祭に行くことになり、そこで初めて東大生と話す機会がありました。
もちろん東大生は頭がいいと思ったそうですが、それ以上に
東大生は普通の人となんら変わらない
と思ったそうです。
そこで、神谷明采さんは「目指すなら1番!」という軽いノリで東大を目指します。
とくにやりたいことはなく、ただお金持ちになりたかったという理由で経済学部がある文科Ⅱ類を志望。
東大を目指すことにした神谷明采さんの生活というのは・・・
毎朝8時30分に登校。
16時頃まで学校で勉強。
そのあと予備校へ向かい、22時頃まで勉強。
このような勉強漬けの毎日を送っていたそうです。
出身中学校は「浦和明の星中学校」
- 浦和明の星女子中学校
- 〒336-0926 埼玉県さいたま市緑区東浦和6丁目4-19
- 偏差値:67-69
私立の中高一貫校で、中学からの入学のみ受け付けしています。
神谷明采さんは、小学校の成績は上位にいたそうですが、
早慶の付属には合格できず「浦和明の星中学校」に入学しました。
負けず嫌いな性格
4姉妹の次女として育った神谷明采さんですが、1歳上の姉とは常に争っていたそうです。。
2歳下の妹と7歳下の妹とは喧嘩をすることはなかったのですが、
1歳上の姉に対してはライバル心があったのだとか。
神谷明采さんはピアノで姉に勝てなくてバレエをやってみたり、また口喧嘩で挑んでみたり・・・。
しかし何をしても姉には勝てなくて悔しい思いをしていたそうです。
神谷明采さんは、
と言っていました。
部活(新体操)ばかりで勉強ができなくなっていた
3歳からバレエを習っていたこともあり、中学校では新体操部に入部します。
浦和明の星中学校の新体操部は、
関東大会に出場するほどの強豪校で週6で部活をしていた
といいます。
1年生の頃から学年代表をしていた神谷さんは、その流れで部長も務めました。
部活一色の毎日で、勉強は二の次だった神谷明采さん。
定期テストでは30点を取って再試験になることもあったそうです。
神谷明采さんは高校に上がる直前、部活ばかりしていたために勉強できなくなっていることに気づきました。
実際、高校入学時には偏差値37まで落ちてしまっていたといいます。
高校進学後に基礎から勉強をやり直そうと決意し、
1年間で30以上も偏差値を伸ばすことができました。
中学から始めた新体操部も学業に専念するため高校2年生のときに辞めたそうです。
このように勉強ができなくなっていることに気づき、もう一度基礎から勉強に取り組んだことで東京大学にも合格できたのかもしれませんね。
まとめ
神谷明采さんの学歴と学生時代のエピソードを調査してみました。
神谷明采さんは一浪して東京大学に合格。
大学1年生のときにミス東大でグランプリに!
そして東大生でありながら、糖尿病を発症した妹のために低糖質スイーツを取り扱う会社を設立しました。
2024年3月に東大を卒業した神谷明采さんは、春から東京大学公共政策大学院に通っています。
神谷明采さんの今後のご活躍も楽しみですね。
最後までご覧いただきありがとうございました。
「心のどこかに油断があった」「自分に言い訳ばかりしていた」